震災翌年の宮城県の被災地の旅日記を振り返る

2時46分 黙とう!
今日は朝からNHKテレビで過ごした。
見落としてはいけないとすべて録画予約しておいた。

チャコは震災のあった翌年、ボランティアで宮城県を往復していた娘Yちゃんと宮城県の被災地を訪問したことがあった。

今日は「チャコのトキドキプチブログ」のそのページを隈なく読み返した。
2012年5月27日から6月1日までの5日間の記録です。
①②③④をクリックしてね。
「宮城県の被災地の旅日記」 
    
            

カメラで捉えた画像の一部ですが、掲載します。
これが一年後の現状でした。

宮城震災1

宮城震災8

宮城震災7

宮城震災6

   宮城震災2

   宮城震災5

   宮城震災4

   宮城震災3

娘YちゃんからLineで、「11日と12日の2日間は私はひきこもり休暇中、自主的に音信不通になります。」
と案内がありました。
ボランティアではがれき撤去から参加し、約1年間、仕事をやめてまで被災者に寄り添ってきた娘Yちゃん。
この子の母親でよかった。

チャコも同じくひきこもりの一日でした。




       「小魚アニメ劇場」 NO5   
           ≪春眠暁を覚えず≫

          小魚5
        
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コメント

妻を助けられなかった夫の話

★ Oriちゃんへ
自然には逆らえない人間の弱さを痛感しますね。
チャコも似た話を聞いたことあります。

津波だと知って、車に奥様を乗せて津波と逆方向に走って逃げた。
しかし、津波の勢いが速いのと車が渋滞して前に進めない。
そのうち車の中は水かさが増してきた。
とにかく自分は車から脱出できた。
助手席の奥様を助けようと廻ったが、ドアは開かず、自分は流されてしまった。
何度もグルグル水中でもがいていたら、木片が流れてきた。
それにつかまって何キロも遠くの場所で助かった。
翌日妻が発見された。
子供はいないので、毎日仮設住宅でお参りしていると。
助けてあげられなかったことを悔やんでおられました。

いまも・・・

再アップして頂き ありがとうございます。
自然の猛威に改めて、身ぶるいします。

自分の目の前で、奥様が流されていく・・・
その方の講演を聞く機会があり
ず~んと 今も胸が締め付けられます。
2,000人以上の方が今も行方不明とは・・・

似た者親子

★ miyoちゃんへ
やはり親子ですかね、同じ方向に気持ちが傾いているのは。
津波や地震、原発で被災された方たちにいつも寄り添って生きていきたいと思います。
もし自分がそうだったら・・・そう思うとつらい。
復興は少しずつ進んでいるようですが、範囲が広いため、なかなか目に見えて来ないのが現状のようですね。

そうそう、4年前被災地を訪れて、泉PCサロンで皆さんにご披露したことありましたね。
チャコの熱い気持ちが届いたでしょうか?

5年を経て

改めて「宮城県の被災地の旅日記」拝見。
サロンでも被災地の様子のお話しをお聞きして、たくさんの資料を見せて頂きましたね~
その時も感動しましたが、5年の歳月を経ても被災者を思う強い気持ち。
被災地へ心を寄せて向き合う姿勢(親子揃って)に感心しました。

「まだ5年・・もう5年」

★ 小魚ちゃんへ
いえいえ!「この親にしてこの子あり!」なんて…。
彼女の個性ですよ。
自慢の娘であることには違いありませんが、一人一人の
人格の違いだと受け止めています。

「まだ5年・・もう5年」これがさらに10年先でも同じかもね。

あらためて、あの時のブログを見返して、風化させない努力は
必要不可欠と思います。
この先囁かれている東日本大震災どころではない「南海トラフ地震」
・・いつ起こるかと思うと不安ですね。

5年・・

まだ5年・・もう5年~とTVで
復興の様子をやってましたが
復興なんて、まだまだですね

チャコさんが以前行かれた時の写真を
紹介してくれた時、拝見しましたが
どの写真もショックを受けるものばかり~でした。

今回も娘さんはボランティアに~と・・
自分の生活もあるのに
中々、出来る事じゃなりません。
頭の下がる思いです
「この親にしてこの子あり!」ですね
チャコさんの自慢の娘さんね

被災地訪問の日記

★ kaachさんへ
5年経った今、もう一度宮城県の被災地訪問の日記を取り上げ、現実に向き合いたいと思いました。
津波の怖さを体験しないまでも、海に投げ出された多くの被災者の無念な気持ちは計り知れません。
本当に心痛みますね。

「DNA」だなんておこがましいです。

風化させないで

★ やくちゃんへ
長文のコメントありがとうね。

復興と一口に言えない難しさがありますね。
心からの笑顔はとうてい望めそうにもなさそうですが、
今日より明日とほんの少しでも復興に近づければと祈るしかありません。

被災地に足を運んで、自分の目で現実を見て来れたことは娘Yちゃんなくしては語れません。

風化させないで、みんなの心に住み続けてほしいと心から思います。

心痛む

我が家ではチャンネル権は夫にあり、彼は悲しいことや淋しいことは見たがりません。
私も津波の動画を見るたびに心臓がキューっとなりますので断片にしか見られませんでした。
・・・で今日は関係のあるイベントに行ってきました。
そうでしたね。以前のブログで報告してくださいましたね。
改めてしっかり読ませていただきます。
娘さんの心の強さはしっかりお持ちの天職とも関連していてるのかと思いますが、これは師匠の「DNA」に他ならないと思いますけど…

3.11

まだまだ復興には時間はかかると思いますが、
そこに住んでいる人達と復興に携わってくれている
多くの人達となかなか近くにいけいけど頑張れと
伝え願い続けている人達がいるから少しずつ
以前の町並みを取り戻してきているのかなって思います。

私の友達も震災の1~2年ぐらい前に思い入れのある大船度市
に移住していたのですが、本当に震災の時はなかなか連絡も、
取れずにヤキモキしてました。

FBを通じて自分の載せる震災や復興ラジオの案内に、
生きるよ・大丈夫・心配しないでと言わんばかりに笑顔の写真。

今、被災地に大切な事は助け合いの心と笑顔かなと思います。
本当の笑顔はまだまだできるもんではないかもしれませんが、
これからの復興がスムーズに進むことを願っています。

Yちゃんもチャコ先生も被災地に行きがれき撤去などの
ボランティア活動本当にお疲れ様でした。そしてありがとう。

私なんて心配はできるけどその場に言って何かしようって事を
思いもつかなかったです。実際・阪神淡路大震災の時も
隣の県だったけど心配だけしかしてなかったなと。
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